流山は、つくばエクスプレス沿線の子育てファミリーに選ばれる街として、近年急速に注目度を高めているエリアです。人口増加率で全国トップクラスを記録し続けている一方で、その評価が「新しい街だから」という理由だけで成り立っているわけではないことは、あまり知られていません。
本記事では、流山の成り立ちを歴史と地形の視点から整理し、「稀立地(まれりっち)」を扱うタカマツハウスの目線でその背景を読み解きます。
流山の街の特徴:江戸の面影と新しいまちが同居する街

流山という街を一言で表そうとすると、意外と難しいことに気づきます。江戸時代から続く古い町並みが残るエリアもあれば、ここ20年ほどで一気に開発が進んだ、真新しいニュータウンのようなエリアもあるからです。
普通、こういう「古いエリア」と「新しいエリア」は、街の中でも離れた場所にあることが多いものです。ところが流山では、この2つの顔が、同じ市内に近い距離感で共存しています。この振れ幅の大きさこそが、流山という街の面白さであり、実は価値の土台にもなっています。
本町に残る舟運とみりんの町並み
流山駅から歩いてすぐの「流山本町」というエリアには、江戸時代から明治時代にかけて建てられた土蔵や商家が今も数多く残っています¹⁾。かつて茶や乾物を商っていた蔵がそのままギャラリーとして使われていたり、足袋屋だった建物が洋食店に生まれ変わっていたりと、古い建物をそのまま活かしながら暮らしている街並みが特徴です。
夕方になると、住民が手作りした切り絵行灯が路地のあちこちを優しく照らし出します。この光景から、流山本町のエリアは「江戸回廊」や「行灯回廊」という愛称で親しまれ²⁾、夜の散策スポットとしても人気を集めています。
「都心から一番近い森のまち」という、もう一つの顔
一方、流山にはまったく違う顔もあります。流山市自身が街のイメージとして掲げているキャッチフレーズが「都心から一番近い森のまち」です³⁾。特に「流山おおたかの森」駅の周辺では、猛禽類のオオタカが生息する森を保全しながら、自然と都市機能が調和した新しい街づくりが進められています⁴⁾。
こうした子育てしやすい環境づくりへの取り組みが後押しとなり、流山市は近年、全国でも屈指の人口増加率を記録し続けています⁵⁾。 つまり流山は、「懐かしい町並み」と「これからの街」という、本来なら矛盾しそうな2つの魅力を、同じ市内で両立させているのです。
江戸川の水運とみりんが育てた流山の始まり

流山の歴史をたどると、その出発点は「水」と「川」にあります。街の西側を流れる江戸川は、流山にとって単なる風景ではなく、経済そのものを支える大動脈でした。
江戸川舟運が生んだ商業拠点
流山という地名は、江戸時代の初め、少なくとも17世紀の初頭にはすでに記録に登場していたことが分かっています⁶⁾。みりんづくりが始まるよりも前から、流山村は農業とともに、江戸川を利用した水運の拠点である「河岸(かし)」としての役割を担っていました⁷⁾。周辺の幕府領で収穫された年貢米などを積み出す集積地として、流山はすでに経済的な存在感を持っていたのです。
この「川沿いの商業拠点」という土台があったからこそ、次に紹介する一大産業がここで花開くことになります。
「白みりん」が全国に知らしめた流山の名
流山を語るうえで欠かせないのが「白みりん」です。当時のみりんは色が濃く濁った、いわゆる赤みりんが主流でした。ところが1814年(文化11年)、流山で酒造業を営んでいた二代目・堀切紋次郎が、透き通るように澄んだ白みりんの醸造に成功します。
同じ時期、酒造業を営んでいた秋元家(五代目・秋元三左衛門)も堀切家と切磋琢磨しながら白みりんの開発を進め、「天晴(あっぱれ)みりん」を生み出しました⁸⁾。こうして流山発の白みりんは、「万上(まんじょう)」と「天晴」という2大ブランドとして知られるようになっていきます⁹⁾。
甘くて飲みやすい白みりんは、お酒が苦手な人や江戸の女性たちの間で評判となり、江戸川の水運を使って続々と江戸へ運ばれていきました。当時ライバルだった上方(関西)産のみりんが江戸に届くまで何日もかかっていたのに対し、流山の白みりんは江戸川を下ればわずか半日ほどで江戸の酒問屋に届いたともいわれています¹⁰⁾。
この地理的な強みが、「みりんといえば流山」というブランドイメージを一気に広げる原動力になりました。堀切家が生み出した「万上」のみりんは、時代を経て現在もキッコーマンの「マンジョウ本みりん」として受け継がれています¹¹⁾。
街の役割が変わり価値が磨かれた

みりんで栄えた流山は、その後も時代の変化に合わせて役割を変えながら発展してきました。ここでは、街の立ち位置を大きく変えた2つの鉄道を取り上げます。
流鉄流山線が守り続けた鉄道と町の記憶
流山には「流鉄流山線」という、馬橋駅から流山駅までのわずか5.7kmを結ぶ小さな私鉄が今も走っています¹²⁾。この鉄道が生まれたきっかけは、地元名産の醤油やみりんを運ぶことを目的に、流山の住民たちが自ら出資して設立した「流山軽便鉄道」でした¹³⁾。
1916年に馬橋・流山間で営業を開始したこの路線は¹⁴⁾、その後常磐線とつながる貨物輸送の仕組みも整え、キッコーマン流山工場から出荷されるみりんの輸送にも一役買っていました。
住民の出資によって生まれ、長年「町民鉄道」として親しまれてきたこの路線は、100年以上経った今も地域の足として走り続けています¹⁵⁾。流山という街が、自分たちの手で交通網を育ててきた歴史の証人ともいえる存在です。
つくばエクスプレス開通が変えた流山の立ち位置
流山の立ち位置を大きく変えたのが、2005年に開業した「つくばエクスプレス(TX)」です¹⁶⁾。それまで都心へのアクセスに課題を抱えていた流山は、TXの開通によって秋葉原まで最速25分というアクセスの良さを手に入れました¹⁷⁾。開通から20年ほどで、沿線全体の人口は大きく増加しています¹⁸⁾。
その中でも流山市の人口増加ぶりは特に際立っており、2016年から2021年にかけては、全国の市の中で人口増加率1位を6年連続で記録しました¹⁹⁾。その後も高い増加率を保ちながら、人口は増え続けています。 江戸時代は水運、大正時代は私鉄、平成のつくばエクスプレスという形で 、流山は時代ごとに新しい移動手段を上手に取り込みながら、街としての価値を更新し続けてきたのです。
地形が刻んだ歴史と今も残る町の記憶

流山の歴史をより深く理解するには、地形にも目を向ける必要があります。この街の「顔の多さ」は、実は地形の成り立ちとも関係しているのです。
下総台地と江戸川低地が生む景観の落差
流山がある千葉県北西部は、なだらかな「下総台地」と、江戸川沿いに広がる低地とで構成されています²⁰⁾。下総台地は関東ローム層に覆われた比較的平坦な地形で、標高はおおむね20〜40メートルほどとされ、周辺の低地との間に一定の高低差を生み出しています。
流山本町のように江戸川に近い低地は、水運の拠点として商業が発展した一方、台地の上に広がるエリアは古くから水田や畑として利用されてきました。この「低地の商業地」と「台地の生活・農業地」という高低差のある構造が、流山という街に多面的な表情を与える土台になっていると考えられます。
新選組や一茶双樹記念館に残る、幕末・文人の足跡
流山本町周辺には、幕末の動乱を伝える史跡も残っています。1868年、新選組の近藤勇は、江戸を離れて流山に本陣を構えましたが、間もなく新政府軍に包囲されてしまいます²¹⁾。抵抗できる状況ではなかったため、近藤は別人を名乗って出頭しますが、正体を見抜かれてしまいました。この場所は現在「近藤勇陣屋跡」として残されており、近藤と土方歳三が最後に別れた地として知られています²²⁾。
一方、同じ流山本町には、俳人・小林一茶がたびたび訪れた場所も残っています。一茶は、みりん醸造家であった五代目・秋元三左衛門(俳号・双樹)と長年にわたって親しく交流し、生涯に50回以上も流山を訪れたといわれています²³⁾。この交流の地は「一茶双樹記念館」として整備され、今も静かな庭園とともに当時の面影を伝えています²⁴⁾。
激動の歴史と、俳人が愛した穏やかな時間。この対照的な2つの記憶が同じ町内に残っているのも、流山ならではの奥深さといえるでしょう。
タカマツハウスは流山の土地をどう見るか
![[TX]つくばエクスプレスTX-3000系電車(区間快速:秋葉原⇔つくば)](https://images.microcms-assets.io/assets/3e34063565ea48b1a55fb7dabb4ec6ed/9f59016a5bf24f18a5f0d9dfcf6591d5/image4.jpg?fm=webp)
周辺環境の読み解き方
流山エリアの他との決定的な違いは、独自の景観・緑化条例による自然環境と、つくばエクスプレスによる圧倒的な都心アクセスの両立にあります。秋葉原駅まで一本約25分というスピード感を保ちながら²⁵⁾、「都心から一番近い森のまち」を掲げる緑豊かな環境も同時に享受できるのは、流山おおたかの森エリアならではの魅力です。実際、流山市は2016年から2021年にかけて、全国の市の中で人口増加率1位を6年連続で記録し、その後も人口は増え続けています。
こうした人口増加に応じる形で、「おおたかの森小・中学校(併設型)」や「市野谷小学校」といった最新設計の新設校が次々と開校しているほか²⁶⁾、送迎保育ステーションの設置や待機児童ゼロの継続など、子育てインフラの充実ぶりも周辺エリアとは一線を画しています²⁷⁾。
私たちは、都心へ通勤しながらも子育て環境の充実を求める30〜40代のパワーカップルの方々、そして安全性や生活インフラ、自然環境を重視する未就学児〜小学生のファミリー層の方々に、このエリアでの居住を特にお勧めしています。
不動産価格と、その背景にある要因の捉え方
流山の土地を評価する際、私たちが重視しているのは「庭付き一戸建てとして無理なく機能する土地であるか」という点です。具体的には、庭付き一戸建ての規格が十分に入る、約50坪相当の広さを確保できることを一つの条件としています。
また、つくばエクスプレス沿線であり、最寄り駅から徒歩約10分以内で通えるという利便性が保たれていること、そして区画整理地内であることも重要な判断基準としています。これらの条件が重なる土地は、街づくりの計画性と将来の資産価値の両面から評価しやすく、長期的に安定した需要が見込めると考えています。
担当者コメント
「流山は、行政が緑化や景観に本気で向き合ってきた結果、都心に近いのに『森のまち』と呼べる環境を実現した稀有なエリアです。人口が増え続けているからこそ学校や保育施設への投資も継続され、暮らしやすさがさらに磨かれていくという良い循環が生まれています。区画整理地内で、庭付き一戸建てが無理なく建てられる土地を選ぶことができるのも、流山ならではの強みだと思います」
流山から考える「稀立地」という視点

流山は、新しい街として突然価値を得たわけではなく、江戸期からの水運・産業の蓄積という土台の上に、鉄道という新しい役割が重なった結果として、現在の評価が形成されてきたエリアです。こうした背景を読み解く視点が、「稀立地」という考え方の出発点になります。
出典・参考元
引用文献
¹⁾ 流山市観光協会. 流山本町江戸回廊. ときめき流山さんぽ. https://nagareyamakankou.com/tourism-information/nagareyamahoncho-edokairo/
²⁾ ANA. レトロな香りを楽しむ街、千葉県流山本町江戸回廊. ANA Japan Travel Planner. https://www.ana.co.jp/ja/jp/japan-travel-planner/chiba/0000012.html
³⁾ 流山市. 都心から一番近い森のまち-ながれやまStyle.
https://brand.city.nagareyama.chiba.jp/
⁴⁾ ノムコム. 【流山市】子育て世代に注目される『都心から一番近い森のまち』、流山市の防災対策.
https://www.nomu.com/machikara/7334/
⁵⁾ AMP. 鉄道が変えたまちの地図 つくばエクスプレス開業20年で沿線人口23%増、軌跡と次の未来図に迫る.
https://ampmedia.jp/2025/08/22/tx-20th/
⁶⁾ キッコーマン株式会社. 流山みりん醸造業のあゆみ(part1)~白みりんの誕生と水運~. キッコーマングループ企業情報サイト. https://www.kikkoman.com/jp/kiifc/information/old/rp20150531.html
⁷⁾ 流山市観光協会. 白みりんの発祥の地・流山本町. ときめき流山さんぽ. https://nagareyamakankou.com/tourism-information/shiromirin-nagareyamahoncho/
⁸⁾白みりんミュージアム. 白みりんのこと.
https://shiro-mirin.com/museum/history/
⁹⁾ キッコーマン株式会社. マンジョウの歴史.
https://www.kikkoman.co.jp/manjo/index02.html
¹⁰⁾流鉄株式会社. 流鉄について|沿革.
http://ryutetsu.jp/about.html
¹¹⁾ 流山市観光協会. 流鉄流山線. ときめき流山さんぽ. https://nagareyamakankou.com/tourism-information/ryutetsu-nagareyamasen-2/
¹²⁾ 日本民営鉄道協会. 首都圏新都市鉄道株式会社(会社紹介). https://www.mintetsu.or.jp/corporates/local/tx.html
¹³⁾ Business Insider Japan. つくばエクスプレス開業20年。「沿線地価の大幅アップ」「3期連続黒字」の現在地…"悲願"の東京延伸にも着手へ. https://www.businessinsider.jp/article/2508-tsukuba-express-inauguration-20th-anniversary/
¹⁴⁾ 国立研究開発法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター. 千葉県北部地域 都市地質図 説明書. https://gbank.gsj.jp/urbangeol/data/explanatory/Chiba/GSJ_DBS_URG_Explanatory_Chapter1_20180330.pdf
¹⁵⁾ 流山市. 新選組と流山.
https://www.city.nagareyama.chiba.jp/tourism/1013070/1013074.html
¹⁶⁾流山市観光協会. 近藤勇陣屋跡. ときめき流山さんぽ. https://nagareyamakankou.com/tourism-information/kondo-isami-3/
¹⁷⁾ 流山市. 施設案内 一茶双樹記念館. https://www.city.nagareyama.chiba.jp/institution/1004311/1004320/1004322.html
¹⁸⁾ NAVITIME. 流山おおたかの森から秋葉原までの乗換案内(つくばエクスプレス快速). https://www.navitime.co.jp/diagram/timetable?node=00009450&lineId=00001066&updown=0
¹⁹⁾ 流山市. 流山市内公立小学校一覧. https://www.city.nagareyama.chiba.jp/life/1001300/1001301/1001365/1001367.html
²⁰⁾ 流山市. 流山市こども計画(令和7年3月). https://www.city.nagareyama.chiba.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/048/856/keikaku.pdf
